AERA 2003年5月号
国際派ビジネスマン
小松俊明 ヘッドハンター
曖昧な動機でMBAなどを取得するより、
目の前に広がる可能性を生かすのが得策だ
米国のMBA(経営学修士)を取って帰国した30歳代半ばの商社マンから、転職の相談を受けました。 今の仕事は化学品部門の担当なのですが、「化学品メーカーには転職したくない。将来性がない」と言います。そして、 「それよりマイクロソフトなんかどうだろう」というのです。
「あなたがMBAに期待している効果が『プラス50』だとする。10年余りの実務経験を生かさずに異業種転職を目指すのなら、 あなたのMBA効果は『プラス5』程度しか見込めない」そう伝えるしかありませんでした。
やはり商社で人事部に勤めていた知人は、MBAは持っていませんでしたが、外資の人事コンサルティング会社への転職に成功しました。 入社当時は人事部に配属されて腐っていたのですが、その9年間の人事部経験が採用の決め手になったのです。
最近、米国のMBAやCPA(公認会計士)を取るのが人気です。「景気は悪いし、給料は下がっている。このままでは自分の市場価値は… …」。そんな理由で、休職したり会社を辞めたりしてまでMBAを取りに行く人もいます。
しかし、米国のMBAは結構高くつきます。2年間の授業料と生活費を入れたら1千万円を超す場合もあります。そのうえ、 その間は給料がもらえない。昇給の可能性や社内でのキャリアが中断するというオポチュニティ・コスト(機会損失)もばかになりません。 海外のMBA取得者たちは、見返りを得る戦略を描いています。
留学は20代半ばから後半にかけて。転職志望者の多くは、卒業時には転職先を決めています。 MBAのクラスで成功企業の豊富なケーススタディーを学び、問題解決能力を高めて自分のキャリアに「付加価値」をつけ、 キャリア向上に生かすのです。
これに対し、日本人大半はビ、BAを取る動機が曖昧です。企業派遣留学の場合は、会社からの語褒美の色彩が強い。 よって留学時期も30歳を過ぎた頃です。最も脂の乗った中堅社員を2年間手放すのに、 帰国後の人材を社内で生かす戦略を会社が持っていません。帰国後に、会社に失望して辞めてしまう人がいまだに多いのは、このためです。一方、 自己負担で留学する人たちも「MBAを転機にしたい」との気持ちを持ちながら大半は取得後の戦略を描いていません。
MBAがビジネスの現場で活きるのは、たとえばP&Gのようなグローバル企業で働く若い人が、 ハーバード大のような欧米の一流校でMBAをとった場合です。やはりトップ校でMBAを取った外国人の若手同僚がいて、 MBAの教室差ながらの議論をしながら仕事をする環境があるからです。
しかし残念ながら、日本にはそのような職場環境がほとんどありません。ですから、 高額な投資をしてMBAを取っても単なる自己啓発に終わりがちです。留学後に元の会社に戻るなら、自己負担での投資は割に合いません。 外資系企業への転職を狙うなら、今の会社でのキャリアをふまえ、「次はこの会社のこの役職を狙う」と、 採用の見通しも含めて具体的に絵を描いてから留学すべきです。何となくMBAを取ったのでは、 転職の際に高い効果を発揮することは期待できません。
履歴書に立派な大学名のMBAが書いてあっても、ヘッドハンターも、外資系企業の経営者も、あまり重要視しません。 日本のMBA取得者の実態をよく知っているからです。日本人同士で固まって勉強グループを作り、組織的に作業を分担し、宿題を何とかこなす。 語学のハンディも一因ですが、そんな「落ちこぼれ」状態で卒業しているという実態です。高いコストをかけ、 2番手校でMBAを取るくらいなら、転職をして実績も給料も上げて「次」を狙うステップにその2年間を使った方が賢明です。
MBAを取らなくても国際ビジネスマンになる方法はあります。
外国自動車メーカーのマーケティングを担当している30代の知人は、夏休みのたびに香港、 シドニーと自社の支社がある都市へ家族旅行に行っていました。普段着で現地の支社員を訪ねて酒を飲み、 ファーストネームで呼び合う関係を作ったのです。そうするうち、本来なら本部長クラスしか出席できない太平洋地区のマーケティング会議に、 上司と出席するようになりました。各国の市場に詳しく、人脈もあって頼りになるからです。その会議を通じて今度は本社に人脈ができ、 本国のプロジェクトに半年間招かれるそうです。彼が本国で知り合う部長クラスは、いずれ日本支社長として赴任するでしょう。 彼自身が日本支社長候補となる日も近いと思います。
私もMBAなどは持っていません。マレーシアの日本人事業家との出会いをきっかけに、大卒後3年間勤めた商社を辞め、 マレーシアに渡って現地で求人情報誌の発行やリクルーティングを行う会社を興し、結局6年間海外でビジネスをしました。 現地の社員が起こした訴訟に巻き込まれたり、会社の金を持ち逃げされたりと、修羅場もくぐりました。 ヘッドハンティング会社に誘われて帰国した後も、当時の経験は今の仕事に生きています。海外で過ごした6年が自分にとっての「MBA体験」 だった。そう思っています。
聞き手・編集部 各務 滋
